長州藩 藩庁萩城下町 → 福岡博多
朝も早よから萩の城下町を回る。

松下村塾。吉田松陰は実は2代目塾長だったりする。
それはさておき、私がこの塾において関心が高いのは
吉田松陰の開塾期間1年程度、塾生100名ちょっとの松下村塾から
高杉晋作、伊藤博文、前原一誠、山形有朋ら、
明治維新の柱となった人物が続々と現れたことについて。
(他、志半ばにして倒れた久坂玄瑞、吉田稔麿などもね)
これは驚異的な数字でしょ。地方の100人程度の私塾から
2ケタを超す人物を傑出したってことだから。研究に値するね。
で、高杉晋作の旧家、博物館、などを見物した後、萩を後にする。
(10年以上も楽しみにしていた割にあっけないが。)
下関に向かう途中にカルスト台地で教科書にも出ている
秋吉台、秋芳洞を訪問。

秋吉台風景。見事。の一言。
車を走らせてて自然と笑みがこぼれてくるほどの気持ち良さ。

秋芳洞の洞窟内部。教科書では何度もみたが、
やはり実際に足を運んでみての感動があるね。
で、レンタカーの返却時間が迫っているので先を急ぐ。

下関の市境にて。やはりシンボルはフグですか。
下関吉田にて

東行庵にて高杉晋作のお墓参り。胸像もあった。
伊藤博文が高杉晋作を
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と評したように
このお方のぶっ飛んだ思考回路や並外れた行動力が好きだわ。
享年27歳。私はすでに年上ということになるが、未だに憧れる。
吉田松陰のゆかりの地と高杉晋作ゆかりの地。
小説「世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)」の世界に浸ることができた。
大満足である。
思ったよりも早くに回ることができた。

新下関駅にて撮影。やはりシンボルはフグだった。

ようやく博多に到着。
東京を出たのが6月30日だから、1週間かかったわけね。
飛行機なら3時間。新幹線なら6時間。寄り道 好き放題なら約200時間。
晩ご飯、博多といえば…

とんこつラーメンであろう。街角のラーメン店にて。
それにしても麺付いてるな。このところ。
香川のうどんに続いて、また明日も3食麺なのか?
朝も早よから萩の城下町を回る。

松下村塾。吉田松陰は実は2代目塾長だったりする。
それはさておき、私がこの塾において関心が高いのは
吉田松陰の開塾期間1年程度、塾生100名ちょっとの松下村塾から
高杉晋作、伊藤博文、前原一誠、山形有朋ら、
明治維新の柱となった人物が続々と現れたことについて。
(他、志半ばにして倒れた久坂玄瑞、吉田稔麿などもね)
これは驚異的な数字でしょ。地方の100人程度の私塾から
2ケタを超す人物を傑出したってことだから。研究に値するね。
で、高杉晋作の旧家、博物館、などを見物した後、萩を後にする。
(10年以上も楽しみにしていた割にあっけないが。)
下関に向かう途中にカルスト台地で教科書にも出ている
秋吉台、秋芳洞を訪問。

秋吉台風景。見事。の一言。
車を走らせてて自然と笑みがこぼれてくるほどの気持ち良さ。

秋芳洞の洞窟内部。教科書では何度もみたが、
やはり実際に足を運んでみての感動があるね。
で、レンタカーの返却時間が迫っているので先を急ぐ。

下関の市境にて。やはりシンボルはフグですか。
下関吉田にて

東行庵にて高杉晋作のお墓参り。胸像もあった。
伊藤博文が高杉晋作を
「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し」と評したように
このお方のぶっ飛んだ思考回路や並外れた行動力が好きだわ。
享年27歳。私はすでに年上ということになるが、未だに憧れる。
吉田松陰のゆかりの地と高杉晋作ゆかりの地。
小説「世に棲む日日〈1〉 (文春文庫)」の世界に浸ることができた。
大満足である。
思ったよりも早くに回ることができた。

新下関駅にて撮影。やはりシンボルはフグだった。

ようやく博多に到着。
東京を出たのが6月30日だから、1週間かかったわけね。
飛行機なら3時間。新幹線なら6時間。寄り道 好き放題なら約200時間。
晩ご飯、博多といえば…

とんこつラーメンであろう。街角のラーメン店にて。
それにしても麺付いてるな。このところ。
香川のうどんに続いて、また明日も3食麺なのか?
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