富山にて国道を車を走らせていると、
以前は自転車の小柄な中国人をたくさんみかけたが
最近は自転車の熊のようなロシア人も同じくらいたくさんみかけるようになった。
春だから冬眠から覚めたようだ。
って、中古車自動車の買い付けに回っているんだね。
ロシア、好景気なんだねー。買付けの人数がどうみても増えている。
国道沿いの中古車販売店はこぞってロシア語の看板を掲げている。
以前はタイヤを買って帰るロシア人をよく目撃したもんだが、
いまでは、本体もガンガンと買って帰ってるようだ。
(富山の港は極東ロシアとの関係が深い。)
欧州ロシアからはほぼロシアとみなされていない極東ロシアにして
この景気を感じさせるということは、ヨーロッパにおけるロシアの存在感って
いまどんな風になってんだろ。
ますます気になりだした。
以前は自転車の小柄な中国人をたくさんみかけたが
最近は自転車の熊のようなロシア人も同じくらいたくさんみかけるようになった。
春だから冬眠から覚めたようだ。
って、中古車自動車の買い付けに回っているんだね。
ロシア、好景気なんだねー。買付けの人数がどうみても増えている。
国道沿いの中古車販売店はこぞってロシア語の看板を掲げている。
以前はタイヤを買って帰るロシア人をよく目撃したもんだが、
いまでは、本体もガンガンと買って帰ってるようだ。
(富山の港は極東ロシアとの関係が深い。)
欧州ロシアからはほぼロシアとみなされていない極東ロシアにして
この景気を感じさせるということは、ヨーロッパにおけるロシアの存在感って
いまどんな風になってんだろ。
ますます気になりだした。
太平洋の南西(インドネシアの東側あたり)に
ナウルという島国がある。
この国は島全体がリン鉱石でできているような島で、
ナウル国は島の土を船に積んで輸出して、
そのお金で輸入食品を買うことで国を運営していた。
しかも、そのリン鉱石を掘るのは移民を使ってやっていた。
さらに、島国なのに、魚まで海外から輸入するありさま。
島民(国民)が働く。ということを知らない国になった。
島全体が素封家の道楽息子のような国だったわけだ。
が、20世紀末期から事情が急変。リン鉱石がとれなくなってきたそうな。
何とかしなきゃ国は成り立たない。が、島の資源はすでにない。
産業もない。働いた経験もない。働く知恵もない。
国家として破産寸前(すでにかな?)なのである。
かつて豊富にあったリンが却って国の破産への道を作ったと言えよう。
で、ふと最近の世界を巡る言語について思いを巡らせた。
英語圏の人間、とりわけアメリカ人にとって、現在の英語需要が続く限り
英語を教える。というサービスの輸出を続けることができるな。と。
さらに、英語による情報、サービス、社会生活が増え続けており、
グローバル化において英語が経済活動に不可欠な要素となっている。
ヨーロッパ人、我々アジア人、アメリカ嫌いのイスラム圏の方々でさえ
今やこぞって英語を学んでいる。といった状態である。
現在この英語に関する需要と供給の関係はまだ需要過多のようだ。
この需要と供給のミスマッチが続く限り、
やや無理な表現かもしれないが、英語という資源が豊富なアメリカは
英語を輸出し続けることにより世界の文化、経済の
メインストリームに面し、富を享受し続けられよう。
しかし、世界中が(おそらく英語であろうが)一つの言語を話し出した時、
アメリカは自国に富をもたらした資源としての「英語」を失ったことになる。
英語という自国の優位性が普遍化することで無くなってしまうわけだ。
その時にアメリカは何を売って稼ぐのであろうか?
まさか、ナウル国のようなことにはならないだろけどね。
とにかく、英語が普遍化したその前後がアメリカという国の位置づけが
大きく変化するころではないかと考えている。
ま、そうはいってもこの潮流はあと数百年は続くだろうけどね。
私が生きている間には見ることができなさそうだわ。
…んー。わかりにくい文章になってしまったね。
コーヒーを飲んでてふと思った程度の戯言なので
一笑に付していただいて結構。
わかる人にはわかってもらえる文章であればそれでいい。
また、突っ込みどころ満載と思うが、
やわらかくご指摘下されればありがたい。
今リハビリ中なのでwww
あと今回はこれにて一旦おくが、
基軸通貨としてのドルと基軸言語としての英語、
そしてグローバルスタンダードを唱えるアメリカ。
ドルと英語とグローバルスタンダードの普遍化がされた時、
どのような世界の将来が見えてくるんだろう。
ナウルという島国がある。
この国は島全体がリン鉱石でできているような島で、
ナウル国は島の土を船に積んで輸出して、
そのお金で輸入食品を買うことで国を運営していた。
しかも、そのリン鉱石を掘るのは移民を使ってやっていた。
さらに、島国なのに、魚まで海外から輸入するありさま。
島民(国民)が働く。ということを知らない国になった。
島全体が素封家の道楽息子のような国だったわけだ。
が、20世紀末期から事情が急変。リン鉱石がとれなくなってきたそうな。
何とかしなきゃ国は成り立たない。が、島の資源はすでにない。
産業もない。働いた経験もない。働く知恵もない。
国家として破産寸前(すでにかな?)なのである。
かつて豊富にあったリンが却って国の破産への道を作ったと言えよう。
で、ふと最近の世界を巡る言語について思いを巡らせた。
英語圏の人間、とりわけアメリカ人にとって、現在の英語需要が続く限り
英語を教える。というサービスの輸出を続けることができるな。と。
さらに、英語による情報、サービス、社会生活が増え続けており、
グローバル化において英語が経済活動に不可欠な要素となっている。
ヨーロッパ人、我々アジア人、アメリカ嫌いのイスラム圏の方々でさえ
今やこぞって英語を学んでいる。といった状態である。
現在この英語に関する需要と供給の関係はまだ需要過多のようだ。
この需要と供給のミスマッチが続く限り、
やや無理な表現かもしれないが、英語という資源が豊富なアメリカは
英語を輸出し続けることにより世界の文化、経済の
メインストリームに面し、富を享受し続けられよう。
しかし、世界中が(おそらく英語であろうが)一つの言語を話し出した時、
アメリカは自国に富をもたらした資源としての「英語」を失ったことになる。
英語という自国の優位性が普遍化することで無くなってしまうわけだ。
その時にアメリカは何を売って稼ぐのであろうか?
まさか、ナウル国のようなことにはならないだろけどね。
とにかく、英語が普遍化したその前後がアメリカという国の位置づけが
大きく変化するころではないかと考えている。
ま、そうはいってもこの潮流はあと数百年は続くだろうけどね。
私が生きている間には見ることができなさそうだわ。
…んー。わかりにくい文章になってしまったね。
コーヒーを飲んでてふと思った程度の戯言なので
一笑に付していただいて結構。
わかる人にはわかってもらえる文章であればそれでいい。
また、突っ込みどころ満載と思うが、
やわらかくご指摘下されればありがたい。
今リハビリ中なのでwww
あと今回はこれにて一旦おくが、
基軸通貨としてのドルと基軸言語としての英語、
そしてグローバルスタンダードを唱えるアメリカ。
ドルと英語とグローバルスタンダードの普遍化がされた時、
どのような世界の将来が見えてくるんだろう。
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