単位を小さくして考えると・・・
下記(2007年8月10日20時27分 読売新聞)からの記事引用。

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食料自給率39%、戦後2番目の低さ…13年ぶり4割切る

 農林水産省が10日発表した食料需給表によると、2006年度の食料自給率(カロリー換算)は前年度に比べて1ポイント減の39%となり、1993年度以来、13年ぶりに40%を割った。

 記録的なコメの不作で戦後最低まで落ち込んだ93年度の37%に次ぐ低水準だ。天候不順で、国内の食料生産が減ったことなどが主な要因という。
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さて、上の記事を受けて、次に述べるような論調(青字部分)へ考え至った方も多いのでは。


日本は食料自給率が低い国です。先進国の中でも群を抜いています。
このままでは、万一のことがあって食料輸入が途絶えてしまうと
国民が餓えてしまいます。このままでは国としてあまり理想的ではありません。



私も小学校の時は上記のような論調で教育を受けてきた記憶がある。
でも、批判的精神を養いつつある私がいま思うに、これってホントなのか?


国の農業保護の思惑が教育の場において具現化したってことじゃないのか?
当時の政権政党の自民党が守りたいのは農業の田んぼではなく票田だったってことで。


こうして小さいときから洗脳しておけば、農業保護政策への抵抗は小さくなるからね。
そもそも、食料自給率が低いことは理想的なことではないと誰が決めたわけ?



「国家」という単位で物事を論ずるから論調が特別な意味合いを帯びてしまうんじゃないの?


「都道府県」という単位ででそんなこと言ってるところがあるのか?
東京都が食料自給率低いからビルマンション建設やめて畑にしようとかいうか?
鳥取県は米の自給率が低いから良くない。もっと米の作付けを増やそう。というか?
そんな施策を打ち出す知事や県庁を都道府県民は支持するのか?


もっと小さい単位、「家庭」で見たらどうだろう。

我が家は共働きで家庭菜園として4%しか食料を自給してない。これは危険だ。
母さんは即刻にでも仕事を辞めて農業に従事すべきだ。 という家庭。

自己の家庭の食料自給率が低いからといって、その家庭の小さい子供たちに対して
「お前らは将来農業に従事するべきだ」という洗脳教育をする家庭。

こんな家庭あんのか?そんな判断を下す家庭の未来は明るいのか?


普通に考えたら、家庭の食料自給率が低く、外部依存度が高ければ
その家庭は、食料購買力を維持できるように何らかの収入を得られるようにして
日々の生活を営んでいくことをメインに考えるであろうし、
子供も様々な職業などの選択肢の中から将来を考えていくのが自然だろ。
(もちろんその選択肢の中には農業も含んでいる。)


これが国家単位でみると何ゆえに食料自給率が低いことでこんなニュースになるのか。
で、場合によっては子供たちを洗脳するかのような教育教材として使われるのか。
疑問である。


我が家の食料自給率が低ければ外に稼ぎに出ろ。
農家に安く、安定して供給してくれるよう友好関係を良好に保て。
庭は狭いかもしれないけど、バイオ技術や生産機械の実験はできる。というならば、
それらの技術を高めて、広いけど技術の遅れているよそ様の生産を助けてやれ。
そうすれば、彼らも我らもwin-winだろ。



というわけで、我が家の食料自給率が低いなら、
父ちゃんは商社として外で金稼ぎ、母ちゃんは町内会で外交を頑張り
娘は庭でバイオの実験と、息子は土いぢりの技術開発に精を出す。
で、隣近所の生産効率の向上に貢献することによって、その家は安泰安泰。



単位を変えて考えると見えてくる。そんなもんとちがうのか?



食料問題についてはまだまだ言いたいことあるけどとりあえず以上。
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