日本に帰って思うこと パチンコ機種CMについて
テレビコマーシャルにパチンコ、パチスロがやたら増えたな。
タイアップモノも増えてるし。これってどうなんだ?

以前は地方局でパチンコホールのCMは良く目にしていたけど
今では メーカーが新機種のCMを全国局で流している模様。
何が起きてるんだろう。


仮説1: パチンコ業界側の都合
パチンコ市場が縮小傾向、よって新しいパチンコ人口獲得のため
タイアップものを増やし、CMで露出を高めて需要を喚起している。

仮説2: テレビ局側の都合
法律の改正などにより消費者金融がCMを打たなくなったため
CM枠が余りつつあるのでパチンコ業界に白羽の矢が立った。

仮説3: 広告会社側の都合
ネット広告の比重が高まることにより、マス広告の市場が縮小。
財務体質の良好なパチンコ業界への営業活動が始まった。

こんなところかな・・・

で、ついでのパチンコ業界について少し考えてみた。

1)消費者金融の貸し出し規制。

2)パチンコフリークの可処分所得の流動性が低下。
(借金漬けになるまでパチンコを続ける中毒者に限らず
月末やボーナスまでのつなぎ的な目的で利用する顧客まで影響。
結果としてパチンコに流れるお金が細る。)

3)顧客減少&客単価の低下からホールの収益力低下。

4)パチンコ製造メーカーの受注悪化

5)市場の拡大の必要性に業界として取り組むべく
タイアップ機種の増大&新規顧客の獲得のためCMを開始。

こんなシナリオでどうかな。

って、この流れが本当にあるのならCMくらいではパチンコ業界に起きてる
この大きな潮流は変わらないだろうから、
そしたらパチンコ業界の株は売り。ですな。

というわけで、研究課題にしてみよう。
「世界征服」は可能か? 岡田斗司夫著
「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)
(2007/06)
岡田 斗司夫

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◆ページ数:約180ページ

◆読書時間:1時間ちょっと

◆購買理由:
タイトルに注意を惹かれ、店頭で中をぺらぺらとみて
挿絵的に使われている漫画などのイラストから決定。

◆読前感:
しょーも無い本だろうけど笑えそうだし良いか。

◆読後感:
空想科学読本的な感じだな。
というか、活字だと清水義範、漫画だと島本和彦とかが好みそうなテーマ。

そこそこに楽しめたがやや中だるみしたかな。
気付きのようなものも少しだがあったことはあった。

悪書とは言わないが、費やした時間に対して見合うリターンは
私には得られなかった。楽しかったんだけどね。それなりに。

■一読をお薦めする方
・ヒマつぶし。
・世界征服を検討中の方

■読むことをお薦めしない方
・現実主義の方。
「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)「世界征服」は可能か? (ちくまプリマー新書 61)
(2007/06)
岡田 斗司夫

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俺より強いやつに会いに行く
既に日付が変わってしまったが
昨晩、上海でお世話になった先輩にお会いした。
いつお会いしてもとてもいい刺激と気付きを下さる方である。

食事の後、近くのバーで飲んでいらした先輩の更に先輩方に合流。
これまた強烈なお二人をご紹介を頂いた。

正直、今の私では足元にも及ばないような
自身の持ち味をしっかりと持った方々であった。

すごい人とお知り合いになれてもちろん嬉しくもあるが、
その一方、悔しいというか、この人を超えるような自分になりたい。
といったような感情が強く生じた。

で、もやもやしながら休憩にトイレに入った瞬間、
突然思い出した古い言葉。昔流行ったとあるゲームの名コピー。

「俺より強いやつに会いに行く」

もっとすごい人に会いたい。会えるようになりたい。
そのためには自分がもっと成長しなくては。と強く感じた。

この気持ち大切にしたい。

というわけで、酔っ払ってたのに帰ってから
ホテルの周辺をジョギングしたり、読書したり
このブログにキッチリと記録しようと、こうして書いてみたり。

そんな充実の週末。

こんな単純な自分が結構お気に入り。
信号無視と信頼のコスト
本日北京→東京へと移動をした。

で、最近、日本に帰ってくるたびに思うことがある。それは、
「日本って、信号無視する人こんなに多かったっけ?」
ってことである。

私が主戦場としている中国は確かに信号無視が多い。
というか、日本人の私の感覚では「信号が機能して無いじゃん」という環境だ。
いや、それ以前に信号って何色が進めで何色が止まれか知ってるか?
って聞きたくなる感じの方々が多い。

というか、それ以前に、

信号って何か知ってるか?

みたいな人もたまにいる。


それはさておきとして話は日本。
信号無視をして道を渡っている人がやたら目に付いて仕方が無い。
それも、車が近くまで来ていても渡っている方もいるのだ。

まるでここは中国?と思ってしまったりする。

(何とも中国の方には失礼なものの言い草だなぁ。)

ちなみにここで私が論じている日本で信号無視してる人は日本人なのである。


小さな道徳が無視され始めたという証左なのか、はたまた私の考えすぎか。
考えすぎなら良いのだが、もし、この交通道徳の乱れが本当だとすると
日本の社会コストが上昇傾向にあるという証明に他ならないと考える。

経済的に高度な社会というのは個々の信頼関係に依存している面が強い。
契約が契約書1枚〜数枚で成立するのも共通の道徳とその遵守という
信頼関係がベースにあるのは言うまでもない。

さもなければ契約書は百貨辞典のような厚みを持つことになる。
毎回そんな契約をしていては時間も費用も大きなロスが発生するわけだ。

同じように、交通ルールも、赤信号では止まる。という
交通ルール、道徳が遵守されることによって、
自動車は青信号のときはブレーキの心配なく交差点に入れるし
歩行者は青信号において躊躇無く道を渡れるのである。

しかし、ここでそのルール、道徳が崩れてしまうと、
車は交差点や、いたるところで歩行者の横断に気を使うことになり、
そこに時間のロス、燃料のロス、神経を使う分の体力のロスが発生する。
これって、たかが信号無視とはいえ、チリも積もればってヤツで
実は社会的なコストの上昇につながっているだろうと思えてくる。

考えすぎならいいのだが、ちょっと気になっているので書いてみた。
考察、推敲が不十分な粗雑な文章かも知れんがご容赦いただきたい。
中国明るい農村便り
この数日間ひたすらに農村めぐり。






何か向こうから来るなー。と思ってたら

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ロバ車だった。

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こんな毎日。




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